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広島高等裁判所松江支部 昭和38年(ネ)35号 判決

控訴人 森井俊人 外一名

被控訴人 臼井聰

主文

原判決中控訴人等敗訴部分を次のとおり変更する。

控訴人等は連帯して被控訴人に対し五一万〇四四〇円及びこれに対する昭和三六年七月一四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人等の連帯負担とする。

この判決は被控訴人勝訴部分に限り、控訴人等に対し各一五万円の担保を供するときは、当該控訴人に対し仮りに執行することができる。

事実

各控訴人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の連帯負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

第一、控訴人等の責任について

(一)  控訴人森井の不法行為責任について

成立に争いのない甲第一、四号証、同第五号証の一、同第六、七号証の各一、二、同第九号証、原審における被控訴人法定代理人臼井敏明(以下証拠はすべて原審のものであるからその旨を特記しない。)、控訴本人森井俊人、控訴会社代表者松浦利明各尋問の結果、及び検証の結果を綜合すると、控訴会社は土木建築請負業を営むものであること、控訴人森井は昭和三五年五月頃より控訴会社に雇われ、同三六年二月頃からは同会社材料係として被控訴人主張の原動機付自転車を運転し、各工事現場を巡回し、必要なる材料を調査集計して材料店に対する注文の準備をする等の職務に従事していたこと、同控訴人は昭和三六年三月一七日右自転車を運転し控訴会社の米子市内外の工事現場を巡回し、ついで同市立町塩谷木材店に立寄り材料の打合せをした後、同市内を南北に走る県道上にかかる灘町橋を北より渡り、その南詰より東に分岐して市役所横に至る市道を経て被告会社に帰るべく、午後六時半頃折柄やや薄暗くなつたので前照灯をスモールに点灯して時速約三〇キロで右橋上に至つたものであるが、右橋の南詰は右の如く県道に対し市道が分岐して丁字形の交叉をしている上に、市道は橋畔より下り勾配となつているため人馬の衝突を起し易い個所であるから、自転車運転手たるものかかる場所を通過するに際しては、県道市道前方及び右三叉路附近における人馬の存在動静にあまねく注意し、殊に左転する自己の進行方向前方の注視を怠るべきでないとともに、市道が下り勾配であることから左転するに際し左大廻りとならぬよう、あるいは危急に際して急停車が可能であるよう極力速力をおとしあるいはハンドル操作に配慮する等の注意義務があるにもかかわらず、同控訴人は右橋の中央辺りまで進行して来た時前方県道上に対向してくる一台のバスを認めたのでこれに気をとられ、時速二五キロ位に速力をおとしたのみで、バスに注目しならが前方の注視を怠つて右市道を左転したため、ハンドルの切り方が浅く左大廻りとなつて市道の車道南側端まで突つ走り、折柄県道東側端より約八、一五米東によつて市道の車道南側端に、生後約八ヶ月の被控訴人を両腕に抱いて車道を背にし、標桂に掲示されたバス時刻表を見ていた訴外臼井敏明の身辺に至るまで気付かず、発見後もはや回避の方法がとれずしてこれに衝突顛倒させ、よつて被控訴人をして歩道側端のコンクリートに激突せしめ、これに対し頭蓋骨折脳内出血等の傷害を与えたことが認められ、(但し右傷害の部位程度、過失の内容を除きその余の事実については控訴人森井において、控訴人森井の職務内容、被害者の現場の位置については控訴会社において争いがない。)、右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によると、被控訴人の傷害は控訴人森井の過失によるものであることが明らかであり、同控訴人は不法行為責任を免れ得ないものといわなければならない。

(二)  控訴会社の使用者責任について

前記認定事実によると、右傷害は控訴会社の被用者たる控訴人森井が、控訴会社の事業の執行につき与えたものであることが明らかであるから、控訴会社は使用者として被控訴人が蒙つた損害を賠償すべき義務がある。控訴会社は控訴人森井の選任及び事業の監督につき相当の注意をなしたから責任がない旨抗争するが、控訴本人森井俊人尋問の結果によつてはなおこれを肯認できず、他にこれを認めるに足る証拠はないから右抗弁は採用できない。

第二、被控訴人の損害額について

(一)  治療費について

証人中島千代の証言によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証の一、二被控訴人法定代理人臼井敏明尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一一号証の三、証人斎藤義一の証言及び臼井敏明尋問の結果によつて真正に成立したと認められる甲第一二号証の一ないし五、同第一三号証の一ないし八、証人斎藤義一の証言、臼井敏明尋問の結果を綜合すると、被控訴人は前記傷害治療のため(1)鳥取大学医学部附属病院における半額個人負担分入院通院治療費一万四〇七〇円(甲第一二号証の一ないし三、同第一三号証の一ないし八の各点数の二分の一を金額に換算すると一万二六七〇円となり、これに同第一二号証の四、五の金額一四〇〇円を加えた金額)、(2)同病院及び自宅療養中の延五六日分附添看護料二万六三七〇円、以上計四万〇四四〇円を支出しあるいは支出すべき債務を負つたことが認められ(親権者たる訴外臼井敏明が支出しても被控訴人の損害といえる)。これを覆すに足る証拠はない。原審において認容された被控訴人の治療費についての請求中その余の部分即ちマツサージ代についてはこれを認めるに足る証拠がない。甲第三号証の四(見積書)は見積りを示すに止まり、そのとおり実施された旨の証拠が存しない。

控訴人等は、訴外臼井敏明が交通頻繁な時刻場所で車道に背を向け佇立していたのは、監督義務者の過失であり、損害額の算定につき斟酌すべきであると主張するので検討する。民法第七二二条第二項における過失相殺において過失相殺において監督義務者の過失が考慮せられるべきか否かは異論のあるところであるが、右過失相殺の規定は、発生した損害を何人に負担せしめるのがよく公平の原理に合致し、社会的妥当性を処期することができるかということを狙つたものであるから、右法条の解釈においてもその趣旨とするところを生かさなくてはならない。ところで右にいう被害者の中に、被害者である幼児の監督義務者即ち親権者等を含まないものと考えると、経済的あるいは社会的には同一体とみられる身内の過失を挙げて第三者の責任に帰せしめることになる。親権者に過失が存する場合、監督義務についての債務不履行もしくは加害者との共同不法行為が成立し、子に対する損害賠償義務が発生し得るのであり、他方子の名において第三者に対し行われた損害賠償請求権行使の結果が、事実上親権者の所得に帰することはこれを否定し得ないところであるから、右の場合親権者の過失を斟酌しないとするのは、とりもなおさず自からの過失自からの不法行為に基き第三者の損失において自から利得する結果となり、公平の観念に合致しないこと甚々しいものがあるというべく、これを避けるため第三者たる共同不法行為者に求償権を行使せしめることも又極めて迂遠な方法である。なお幼児が傷害したに止まる場合とこれが死亡し親の名において損害賠償請求する場合で、この点につき異別に取扱う結果となることも理由なき不均衡というべきである。以上の次第で当裁判所は、右法条にいう被害者とは被害者側の意であつて、すくなくとも親権者、後見者の如く生活の全面において監督義務を負う者の過失は被害者側の過失としてこれを斟酌すべきものと考える。

さて然しながら、本件の場合全立証によつても監督義務者たる同訴外人に損害額算定につき考慮しなければならない程度の過失が存したことを肯認することができない。前記臼井敏明尋問の結果、検証の結果等によると、本件現場附近市道の車道幅員は八、一八米も存して比較的広く、同訴外人は車道の全く側端に位置していたものであり、しかも右三叉路からは向つて右側に当るので三叉路方面から車馬の来る虞は通常ない所であり、特に事故当時は商店街休日の関係もあつて交通量も極めて少なかつたことが認められるから、かような点を併せ考えると、同訴外人がバス時刻表を見るため車道に背を向け、被控訴人を両腕に抱き暫時前記の場所に佇立していたことも止むを得ないところがあるというべく、これを目して損害額算定につき考慮すべき程度の過失ありといえない。そこで控訴人の右主張は結局理由なきに帰する。

よつて控訴人等は連帯して被控訴人が治療費の支出として蒙つた前記四万〇四四〇円の損害を賠償すべき義務があるというべきである。

(二)  慰藉料について

成立に争いのない甲第一号証、同第五号証の一、証人斎藤義一同下田又季雄、同田中あい子、同中島千代、同中田文男の各証言、被控訴人法定代理人臼井敏明、控訴会社代表者松浦敏明各尋問の結果を綜合すると、被控訴人は昭和三五年七月二四日に出生し出生以来発育良好であつたが、同三六年三月一七日に発生した本件事故による開放性頭部外傷のため脳細胞が損壊し、四〇日余り左半身麻痺の重症が続き、現在右麻痺は一応不完全治癒したがその後の発育不良で、発語歩行能力減退し、将来骨欠損及び左手指運動不全は完治し難く、後遺症の病状如何によつては解頭手術の必要も考えられ、知能発育不全の外、外傷性てんかん及び性格異常の発現も憂慮され、もしてんかんが発現すると廃人同様の一生を送る可能性も存在し、これら心身の障碍のため被控訴人が将来蒙る精神的苦痛は測り知れないものがあると考えられること、他方控訴人側は被控訴人に対し誠意ある弁償の方法を採ろうとせず、殊に控訴会社においては経営困難を理由に弁償を遅延させようとする態度が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そこでこれらの点を綜合すると、被控訴人に対する慰藉料額は五〇万円を以て相当と認めることができ、控訴人等は連帯して被控訴人に対しこれが支払をなすべき義務があるものというべきである。(将来の得べかりし利益の喪失については附帯控訴がないので判断しない。)

第三、そうすると、控訴人等は被控訴人に対し連帯して計五四万〇四四〇円の支払義務があるというべきであるが、被控訴人において控訴人森井より三万円の内入弁済があつたことを自認し、被控訴人法定代理人臼井敏明尋問の結果等によつてもこれを肯認することができるので、右三万円を差引き、結局控訴人等は五一万〇四四〇円及びこれに対する不法行為後である昭和三六年七月一四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があり、原判決中被控訴人の請求を認容した部分は右の限度において正当であるが、その余は失当であるから、本件控訴は一部理由があり、よつて原判決を主文記載のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条第九二条第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋英明 竹村寿 石井恭)

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